
海外旅行や語学留学の渡航先として人気の高い国の一つがオーストラリアです。
広大な国土を舞台に、豊かな自然と都会の楽しさが調和した、楽しく暮らしやすい国ともよく言われます。
また、オーストラリアでは、イギリス文化、先住民文化、世界各地からの移民の文化といった、複数の文化が入り混じっています。多彩な食文化や芸術を楽しめるのもオーストラリアの素晴らしさです。
そうしたオーストラリアの魅力の一つとして見逃せないのが「文学」です。オーストラリアの文学作品には、イギリスの伝統、先住民アボリジニの視点、移民社会ならではの複雑なアイデンティティ、あるいは広大な土地がもたらす孤独や自由といったテーマが織り込まれ、多彩な表現が展開されています。
日本ではまだあまり広く知られていないかもしれませんが、英語圏の中でもオーストラリア文学は独自の個性を持ち、国際的にも注目を集めています。日本語に翻訳された作品も増えてきており、読者がその世界に触れる機会も徐々に広がっています。
今回の記事では、そんなオーストラリアの文学・書籍に焦点を当て、国の基本情報から文学の背景、多文化性の影響、注目の作家や作品、そして翻訳書の紹介まで、さまざまな角度からその魅力を探っていきます。
オーストラリア基本データ
最初に、オーストラリアの基本情報について振り返っておきましょう。広大な国土に8つの地域
オーストラリアの正式国名は「オーストラリア連邦(Commonwealth of Australia)」です。面積は約770万k㎡で、これは日本の約20倍の広さになります。
一方、人口は意外と少なく、約2700万人(2024年推計)となっています。首都はキャンベラで、公用語は英語です。オーストラリアの英語はイギリス英語がベースといえますが、語彙や発音にイギリス英語とは違う特徴も見られます。
広大な国土を持つオーストラリアは、行政上6つの「州」と2つの「準州」に分かれています。以下、州・準州名とその中心都市です。
ニューサウスウェールズ州シドニー
クイーンズランド州ブリスベン
ビクトリア州メルボルン
南オーストラリア州アデレード
西オーストラリア州パース
タスマニア州ホバート
ノーザンテリトリー(準州)ダーウィン
首都特別地域(準州)キャンベラ
オーストラリアは南半球にありますので、北半球にある日本とは季節が逆です。日本が夏の時、オーストラリアは冬、日本が冬の時はオーストラリアは夏です。
オーストラリアのほぼ中央を日本の標準時子午線である東経135度の経線が通っています。つまりオーストラリアは日本から見てほぼ真南にあるといっても過言ではありません。
国土が東西にも広いので場所によるのですが、例えば最大都市シドニーならば日本との時差は1時間(サマータイム実施時は2時間)と少ないです。
イギリス植民地から多民族国家へ
オーストラリアでは、イギリス文化、世界からの移民文化、そして先住民文化という3つの文化が混じり合っていると言われることが多いです。
オーストラリアは、1770年代後半からイギリスの植民地として発展してきました。そのため、今でも、オーストラリアのベースにあるのはイギリス文化だといえます。イギリス名物のフィッシュアンドチップスが人気だったりするのもその表れでしょう。
一時は白人優遇政策をとるなど差別主義的な時代もあったのですが、今やそれは完全に撤廃され、現代のオーストラリアは積極的に世界からの移民を受け入れています。
街は世界中の人々であふれており、中国人街、韓国人街、イタリア人街など、特定の国の人々が集合して暮らす地域も多くあります。飲食店も種類豊富で、世界中の料理を楽しむことができるのもオーストラリアの大きな魅力です。
そして忘れてはならないのが、オーストラリアの先住民文化です。先住民の中ではアボリジニが有名で、彼らは独自の言語や芸術、宗教観を持ち、祖先や土地とのつながりを大切にしています。
この先住民文化は現在のオーストラリア社会にも深く根付いており、アボリジニによる民芸品などを売っている観光地もよく見かけます。
このように、現在のオーストラリアは「多文化主義」を重視し、先住民文化の再評価も進めながら、多様な文化・生活が共存する国としての発展を目指しています。そしてこうした歴史的・文化的背景が、オーストラリア文学にも大きな影響を与えています。
多文化社会とオーストラリア文学
上に述べたように、オーストラリアは多様な人々が暮らす多文化社会です。「移民の国」と呼ばれることもあります。現在、オーストラリア国民の約3人に1人が海外生まれ、または親の世代が海外からの移民であるという背景を持っており、こうした社会構成は、文学にも大きな影響を及ぼしてきました。初期のオーストラリア文学は、イギリスからの植民者たちによる作品が中心でした。彼らは新天地の自然や孤独、労働の厳しさなどを描き、「アウトバック文学」と呼ばれるジャンルが形成されていきます。「アウトバック」とは、「オーストラリアの奥地・僻地・辺境」を表す言葉です。
しかし20世紀後半以降、多文化化が進むにつれて、アジアや中東、ヨーロッパなどさまざまな出自をもつ作家たちが登場し、文学のテーマや語りの視点にも変化が生まれました。
たとえば、ベトナム戦争後にオーストラリアに移住した家族の体験や、第二次世界大戦中の移民政策の影響、あるいは日常の中で感じる文化的なズレやアイデンティティの揺らぎといった題材が、小説や詩、演劇などの形で表現されるようになっています。
また、オーストラリアでは、移民だけでなく、先住民アボリジニの文化や声も文学において重要な位置を占めています。彼らの物語や歴史が語られることで、「オーストラリアとは誰のものか」という根源的な問いが浮かび上がる場面も少なくありません。
多文化社会であるがゆえに、オーストラリア文学は「単一の国民文学」として定義しにくい面を持っています。しかし、それこそがこの文学の豊かさであり、読み手に対して多角的な視野をもたらす大きな魅力となっています。
国際的な評価を受けるオーストラリアの作家たち
オーストラリアの文学は、国内にとどまらず、世界的にも高い評価を受けてきました。ユニークな視点や土地への深いまなざし、個人と社会の関係性を描いた物語などが、国際的な読者の共感を呼んでいます。
代表的な作家としてまず挙げられるのが、パトリック・ホワイト(Patrick White)です。1973年にノーベル文学賞を受賞した彼は、オーストラリア出身の作家として初めてこの栄誉を手にしました。彼の作品は哲学的かつ象徴的な文体で知られ、孤独や信仰、人間存在の意味といったテーマを深く掘り下げています。
もう一人、近年国際的に注目を集めている作家がリチャード・フラナガン(Richard Flanagan)です。彼の代表作として有名な『奥のほそ道』(The Narrow Road to the Deep North)は、日本の俳句文化と第二次世界大戦中のビルマ鉄道建設に従事した捕虜の経験を交錯させた力強い長編で、2014年に英国のブッカー賞を受賞しました。
ティム・ウィントン(Tim Winton)も、国際的に読まれている現代作家のひとりです。海や風景、家庭、信仰といった題材を通して、オーストラリアの地方社会や人間関係の微細な感情を描く作風で知られています。彼の作品は英語圏のみならず、さまざまな言語に翻訳されており、世界中の読者に親しまれています。
また、シャーロット・ウッド(Charlotte Wood)やクリス・ウォマズリー(Chris Womersley)など比較的新しい世代の作家たちも、鋭い社会観察や実験的な語り口で注目を集めています。移民やジェンダー、環境問題など、現代的な関心を取り込んだ作品が多く、グローバルな文学シーンの中で存在感を増しています。
日本語で読めるオーストラリア文学の翻訳作品
オーストラリア文学に興味を持っても、「英語の原書はハードルが高い」と感じる人も多いかもしれません。ですが、近年では日本語に翻訳されたオーストラリアの文学作品も少しずつ増えており、日本の読者がその魅力に触れやすくなってきています。日本語で読める代表的な作家と作品を、以下にご紹介しましょう。
パトリック・ホワイト『ヴォス オーストラリア探検家の物語』(Voss) ノーベル文学賞作家。探検家ヴォスを描きながらオーストラリアとは何かを洞察。 リチャード・フラナガン『奥のほそ道』(The Narrow Road to the Deep North) 第二次大戦中のビルマ鉄道をめぐる人々を描く。日本も舞台の一部。 ティム・ウィントン『ブルーバック』(Blueback) 自然を守る、自然と生きるとはどのようなことなのかを新しい視点で描く。 ティム・ウィントン『ブレス:呼吸』(Breath) オーストラリア西南部の海辺の街を舞台にした、痛切な青春の物語。 ピーター・ケアリー『ケリー・ギャングの真実の歴史』(True History of the Kelly Gang) 実在した“悲劇のおたずね者”ネッド・ケリーの人生を描く歴史小説。また、日本の出版社によって翻訳・発行されてきたオーストラリア文学の傑作選シリーズもあります。
例えば「オーストラリア現代文学傑作選」(現代企画室)シリーズでは、国際的評価を受ける作家から新鋭まで、幅広い文体とテーマを楽しめる構成になっており、多くの作家の作品を日本語で読むことができます。
このように、翻訳作品を通じてでも、オーストラリアの文学世界に触れることは十分に可能です。
アボリジニの文学に関する作品
オーストラリアの文学を語るうえで欠かせないのが、先住民アボリジニによる文学作品です。彼らは長い間この地に暮らし、豊かな口承文化を育んできました。もともと文字を持たない文化であったアボリジニは、神話や物語、歌、儀式などを通して世界の成り立ちや人と自然の関係を語り継いできました。こうした「ドリームタイム」と呼ばれる神話体系は、現代文学にも深い影響を与えています。
20世紀後半から、アボリジニの作家たちが英語で自らの体験や歴史、文化を語るようになり、オーストラリア文学に新たな視点が加わりました。
その代表的存在の一人がキム・スコット(Kim Scott)です。彼はアボリジニとヨーロッパ系の両方の祖先を持つ者としての立場から、植民地主義がもたらした傷と、それでも受け継がれる文化の力を描いています。
『Benang』はその代表作で、オーストラリア文学賞を受賞するなど国内外で高く評価されました。別の作品『ほら、死びとが、死びとが踊る』(That Deadman Dance)は、上でご紹介した「オーストラリア現代文学傑作選」で日本語で読むことができます。
アレクシス・ライト(Alexis Wright)もアボリジニを代表する作家です。メルボルン大学でオーストラリア文学の教授を務め、先住民の土地権の回復運動の活動家としても活躍しています。作品『地平線の叙事詩』(Odyssey of the Horizon)は、やはり「オーストラリア現代文学傑作選」で日本語で読むことができます。
また、政治活動家であり詩人としても知られるウジェルー・ヌナカル(Oodgeroo Noonuccal)は、アボリジニとして初めて詩集を出版した人物です。
彼女の作品は、アボリジニの誇りや不正義への怒りを率直に表現し、社会的な注目を集めました。その詩には、植民地化による抑圧だけでなく、自然とのつながりや共同体の大切さといった、アボリジニ文化の核心が刻まれています。
さらに近年では、若い世代のアボリジニ作家たちが、フィクションやノンフィクション、ヤングアダルト文学など、さまざまなジャンルで活躍しています。
たとえばタラ・ジューン・ウィンチ(Tara June Winch)は、アボリジニ語の再生や記憶の継承をテーマにした『The Yield』で注目を浴びました。この作品は、言葉を通して失われた文化を取り戻そうとする試みとして、深い感動を与える一冊です。
まとめ
オーストラリア文学は、広大な自然と多様な歴史的文化的背景の中で発展してきました。そこには、英国的伝統の影響を色濃く残しつつも、移民社会ならではの葛藤やアイデンティティの探求、さらにはアボリジニの語りが交差する、豊かで複雑な世界が広がっています。海外旅行や留学の際は、いわゆるガイドブック、観光地案内・攻略本といったものを買うことが多いかもしれませんが、それに加えて、こうしたオーストラリア文学を読んで“予習”すると、旅行や留学がより深く楽しいものになるに違いありません。
また、オーストラリアから日本に帰国してからでも、こうしたオーストラリア文学に触れることで、自分の体験と重ね合わせ、思い出を膨らませるといったこともできるでしょう。
なお、今回の記事中では日本で入手できる本を中心にご紹介しましたが、原書の入手が難しい場合は、送料はかかりますが、オーストラリアのアマゾンなどから購入する方法もあります。
◇経歴
児童英語講師
オンライン英会話講師
NC英語アドバイザー
英語学習ライター
元大学教員
◇資格
TESOL/TEC(CANADA)
中学校教諭二級免許状(英語)
◇留学経験
アメリカ・サンディエゴに語学留学(2カ月)の経験あり
その後、オーストラリア・シドニーに大学院留学(2年)の経験もあり
◇海外渡航経験
25歳で初めて、短期間の語学留学をきっかけに本格的に英語の勉強を開始しました。
雑誌の編集・ライティング、テレビCMの企画・撮影等などの仕事が長く、英語を使っての海外取材や撮影経験も多く経験しています。また海外で日系新聞社の副編集長をしていたこともあります。
◇自己紹介
「英語学習に終わりはない」「継続は力なり」を実感し、50代半ばから毎日英語の勉強を続けて2000日近くが過ぎました。
「楽しく学ぶ!」をモットーに、僭越ながら私の異文化経験や英語の知識などをブログに織り交ぜながら、執筆することを心がけています!ネイティブキャンプのオンライン講師もしています。初心者・初級者限定ですが、ぜひ一緒に学びを続けましょう。