
フランスのロワール地方──フランスの庭と呼ばれるこの地域に、ひときわ物語性を帯びた古城があります。それが、シェール川に優雅に浮かぶように佇む名城・シュノンソー城。宮崎駿監督の『カリオストロの城』を愛する人なら、一度は「モデルになったのでは?」と胸を高鳴らせるはずです。
実際に訪れると、映画のワンシーンを思わせる気配と、城が歩んだ濃密な歴史が重なり合い、旅人の想像力を刺激します。
本記事では、その魅力をひも解いていきます。
シュノンソー城とカリオストロの城には関係はあるのか?
カリオストロの城という言葉を聞くと、多くの人が宮崎駿監督の映画を思い浮かべます。その舞台となった架空のカリオストロ公国の城と、フランスの名城シュノンソー城は本当に結びついているのか――これは、長年ファンの間で語られてきた興味深いテーマです。
両者を並べて眺めてみると、不思議と似た空気が漂うのも確か。その背景には何があるのでしょうか。
映画との共通点・類似性
映画を見返すと、物語の中心にそびえるカリオストロ城には、どこか現実離れした優美さがあります。川をまたぐように建つ白い城、アーチを描く橋、塔から塔へ続く細い回廊。これらのモチーフが、見る人の心に「どこかで見た景色だ」と囁きかけてきます。
一方のシュノンソー城は、シェール川の水面に溶け込むように建てられた水の上の城。ギャラリーと呼ばれる細長い回廊が川をまたぎ、夕暮れどきには建物全体が鏡のように水面へ映り込みます。 映画の城も、同じように水辺の静けさや孤高の美を持ち、どこか現実の古城とアニメーションの中間にいるような存在感があります。
もちろん、シュノンソー城をそのままコピーしたわけではありません。それでも、構造のヒントや雰囲気づくりの一端を、この城が担っているように感じるのです。
モデルとされる理由とその真偽
ではなぜ「カリオストロ城のモデル=シュノンソー城」という説が繰り返し語られてきたのでしょうか。おそらくその理由は、似ているという単純な印象以上に、歴史背景や城がもつ物語性が映画と響き合うからだと思われます。
シュノンソー城は、ディアーヌ・ド・ポワティエやカトリーヌ・ド・メディシスなど、強い意志を持つ女性たちの手で増改築され、現在の姿に形づくられました。ルパンの物語に登場するクラリスの孤独や、城に秘められた陰影、そして水辺に佇む儚さ――それらは、歴史に翻弄されながらも城を守り抜いたシュノンソー城の女性たちの気配と、どこか共鳴します。
ただし、公式に「モデルとした」と明言された事実はありません。ファンの間で語られ続けているのは、映画が放つ雰囲気と、シュノンソー城が持つ特有の美しさが自然と重なるからこそ生まれたロマンなのです。
シュノンソー城が持つ象徴的な特徴
シュノンソー城といえば、まず目に飛び込んでくるのが、水面に伸びる真っ白な回廊ギャラリー。その下をゆっくりと流れるシェール川、そして川面に映る建物の影が、城を現実と夢の狭間に置いているように見せています。
城内に入ると、塔のような部屋、天井の装飾、暖炉やタペストリーに刻まれた歴史の痕跡が静かに語りかけてきます。カトリーヌの寝室には、いくつもの肖像画や家具が並び、女性城主たちが残した美の感性が今も色濃く息づいていることに気づかされます。
さらに忘れてはならないのが庭園。ディアーヌとカトリーヌ、二人の女性の名を冠する庭が向かい合うように広がり、どちらも整然としながらもどこか主張を感じる造りになっています。その風景を眺めていると、この城が長い歴史の中で愛され、争われ、守られた場所であったことが自然と伝わってきます。
シュノンソー城の歴史と6人の城主の女性たち
水辺にゆっくりと影を落とすシュノンソー城。その静けさからは想像できないほど、ここには多くの女性の決断と愛憎の物語が積み重なっています。歴史に名を残した6人の女性城主たちは、それぞれの時代背景と立場の中で、この城を形づくり、守り抜きました。彼女たちが残した足跡をたどると、単なる古城以上の人間の物語が見えてきます。
ロワール渓谷に築かれた城の歴史と背景
シュノンソー城が立つロワール渓谷は、フランスの文化と芸術の中心として栄えた地域です。豊かな水と肥沃な土地に恵まれ、政治の拠点がパリへ移る以前は、王侯貴族が競うように古城を築いた場所でもあります。 その一角に、もとは製粉所の跡地として存在していた土地を選び、城を築いたのが16世紀のこと。
水上に延びるような独特の建築は、当時としても非常に珍しく、ロワールの優雅な自然と重なって、今も景観そのものが芸術と呼ばれています。 この城が特異なのは、建築そのものだけでなく、その発展に女性たちが大きく関わってきた点です。
政治の表舞台には立てなかった時代にもかかわらず、彼女たちは城主として判断を下し、庭園を整え、文化を築き、時に城を守る盾にもなりました。シュノンソー城の歴史は、ロワール渓谷という舞台の中で、ひっそりと、しかし力強く積み重ねられてきた女性たちの歴史でもあるのです。
ディアーヌ・ド・ポワティエとカトリーヌ・ド・メディシス
この城の歴史で最も有名な対立といえば、ディアーヌ・ド・ポワティエとカトリーヌ・ド・メディシスの二人でしょう。どちらもアンリ2世に深く関わった女性であり、同時に城を形づくった存在でもあります。 ディアーヌは、アンリ2世の寵愛を受けた女性で、優雅で聡明、時に大胆な行動力を備えていたと伝わります。彼女が城主となった際には、シェール川にアーチ橋を築き、庭園を整備し、この城に水辺の優美さを与えました。
一方で、王の正妻であるカトリーヌ・ド・メディシスは、夫亡き後に権力を握り、ディアーヌから城を取り戻します。そして橋の上に長いギャラリーを増築し、現在の象徴的な姿へと導きました。 どちらが優れていた、という単純な比較では語れません。二人がそれぞれの信念と立場で築いたものが重なり合って、今のシュノンソー城が存在している――その事実が、城に深い陰影を与えています。
城を守った女性たちのドラマ
シュノンソー城を受け継いだ6人の女性たちは、それぞれの時代の困難と向き合いながら、この城を守り抜きました。 たとえばルイーズ・ド・ロレーヌは夫アンリ3世の死後、深い喪失感のなかで暮らし、黒い部屋と呼ばれる静謐な寝室にこもったと伝わります。その様子が幽霊伝説となって語り継がれるほど、彼女の存在は城に強い印象を残しました。 さらにフランス革命の荒波が押し寄せた時代。
ルイーズ・デュパン夫人は機転と人望で城を守り抜きます。礼拝堂を燃料庫に見せかけて宗教的象徴を隠した逸話は、いかに城を守ろうとしたかを物語っています。そして時代が進み、最後の女性城主マルグリット・ペルーズ夫人は、城の美しさを未来に残すために莫大な費用を投じて修復に尽力しました。 こうして受け継がれてきた城の物語は、華やかさよりもむしろ静かな強さの連続です。
彼女たちが見た景色や感じた孤独、誇り、そして決断。その積み重ねが、シュノンソー城を単なる名城ではなく、女性たちが守り抜いた物語の場所にしているのだと感じます。
シュノンソー城の見どころを巡る旅

シュノンソー城を歩く時間は、まるで水と森のあいだに漂う物語の中へ迷い込んだような感覚があります。水上に伸びるギャラリー、手入れの行き届いた庭園、そして歴史の痕跡を静かに宿した部屋の数々。どこを切り取っても、それぞれの時代を生きた人々の気配がふわりと立ち上がってきます。
橋上ギャラリーと美しい建築
まず足が止まるのは、やはりシェール川にまっすぐ伸びる橋上ギャラリーです。水の上に建てられた細長い建物は、それだけで非現実的な美しさがあります。外から見ると川面に映り込む白い外壁が揺れ、天候や時間帯によって表情が変わるため、同じ景色に二度と出会えない不思議な魅力があります。
内部に入ると、白と黒の床が連なる廊下が続き、窓ごとに切り取られた川の景色が小さな絵画のように並びます。静かな午後にこのギャラリーを歩いていると、かつてここで舞踏会が開かれ、人々の話し声が響いたことが信じられないほどの静寂です。
歴史的背景を知らずとも、この建築の佇まいだけでこの場所はただの城ではないと感じる人は多いはずです。誰が何のために建て、なぜここまで手を尽くしたのか――そんな問いが自然と浮かび上がるような存在感があります。
庭園と季節の花々
城の外へ出ると、広がっているのはディアーヌとカトリーヌ、二人の女性の名を冠した庭園。どちらもフランス式庭園の端正な美しさを備えていますが、その雰囲気は微妙に異なり、歩きながら性格の違いのようなものが伝わってきます。
季節が変われば庭の表情もがらりと変わり、春にはやわらかな花々が風に揺れ、夏は濃い緑が眩しく、秋にはしっとりとした色合いが城の白をいっそう引き立てます。バラが盛りの季節は特に人気で、庭園全体が香りに包まれ、訪れた人の足を自然とゆっくりにさせる力があります。
庭園を見ていると、この城を大切にした女性たちの美意識の継承が確かにここに息づいていると感じます。手をかけられて育った庭は、豪華さよりもむしろ慈しまれた時間を映しているようです。
寝室やタペストリーなど城内の見どころ
城内へ戻ると、部屋ごとに雰囲気ががらりと変わり、それぞれの城主が残した色が濃く残っています。カトリーヌの寝室には、深い色合いの壁や家具が並び、ルネサンスの気配が今も漂います。装飾の細部には、当時の職人の技術と誇りが静かに宿り、天井の木組みや暖炉の彫刻にも手間を惜しまない精神を感じます。 廊下に展示されたタペストリーは、色彩こそ時を経てやさしくなっていますが、織り込まれた物語は今も鮮やかです。
戦や狩り、宮廷生活を描いた図案を眺めていると、この城が過ごした長い歴史がふっと立ち上がるような感覚があります。 また、王が滞在した部屋や、細部に手が入った家具の数々も見逃せません。シュノンソー城が美術館とも呼ばれる理由は、華やかさだけではなく、そこに込められた人の物語が一つひとつの調度品に息づいているからなのだと実感します。
幽霊伝説や黒い部屋にまつわるミステリアスな一面
シュノンソー城には、華やかな歴史の裏側に、ひっそりと息づく影の物語があります。とくに城の一角に残る黒い部屋と、夜に現れるという白い王妃の噂。それらは、この城がただ美しいだけの存在ではないことを静かに物語っています。
ルイーズ・ド・ロレーヌの「黒い部屋」
城の中を進むと、急に空気が変わるような部屋があります。そこが、ルイーズ・ド・ロレーヌが暮らしたとされる「黒い部屋」。夫アンリ3世が暗殺されたあと、彼女は深い悲しみの中、喪を示す白い衣をまといながら、この薄暗い部屋で日々を過ごしたといわれています。
部屋の壁や天井には、未亡人の象徴とされる模様や、王を象徴するイニシャルが織り込まれ、その一つひとつに彼女の祈りや執着が染みついているように感じます。家具もカーテンも光を吸い込むような色合いで、当時の空気をそのまま閉じ込めているかのよう。
観光でこの部屋に足を踏み入れた人の多くが「ここだけ温度が違う」と口にするのも、不思議ではありません。そこには悲しみの密度のようなものが確かに漂っています。
白い王妃の幽霊伝説
シュノンソー城には、もうひとつ有名な噂があります。夜が深まった頃、白い衣をまとった女性が城内の回廊を静かに歩く──そんな話が何十年も語り継がれてきました。 その女性は「白い王妃」と呼ばれ、ルイーズ・ド・ロレーヌの姿だと言われています。
亡き夫を想い続けた彼女が、黒い部屋に閉じこもる日々を過ごしたのち、未練を抱えたままこの城に留まっているのではないか、と。 もちろん真偽は定かではありません。ただ、城の各所で視線を感じた、鏡越しに白い影がよぎったと語る人が後を絶たないのも事実。
静まり返ったギャラリーの奥、夜の庭園を照らす月の光、そのどれもがこの噂を信じてみたくなるような雰囲気を持っています。
歴史的逸話が生んだミステリー
幽霊話は単なる作り話……そう片付けることもできますが、シュノンソー城の場合、歴史そのものが伝説の下地になっています。 王妃と愛妾の争い、城の存続を命がけで守った女性たち、革命の嵐の中での混乱──この城は何度も濃い感情の渦に巻き込まれてきました。
そうした積み重ねが、後世に語られるミステリーを自然と生みだしたのだと思います。 黒い部屋の静けさは、ただ装飾の問題ではなく、そこに宿った誰かの時間の気配です。白い王妃の伝説もまた、人々がこの城に抱く想いの延長線にある物語なのかもしれません。 シュノンソー城は、美と権力、愛と嫉妬だけでなく、こうした語り継がれる影も含めて、唯一無二の存在として息づいています。
まとめ
シュノンソー城は、ただ美しい古城というだけでは語りきれない場所です。ロワール渓谷の自然と溶け合う建築、6人の女性たちが紡いだ歴史、そしてカリオストロの城を思わせる物語性。庭園の華やぎも、黒い部屋に漂う静けさも、この城が歩んできた時間の層をそのまま映し出しています。
フランス旅行の中で、知的な旅と感性の旅、そのどちらも満たしてくれる稀有な一城と言えるでしょう。
◇経歴
証券会社・映像制作会社を経て独立。現在はWebライターとして英語学習、旅行、ライフスタイル分野を中心に執筆。実務での英語メール対応や、海外企業とのやり取りも経験。
◇海外渡航経験
旅行でヨーロッパ各国、東南アジア諸国、アメリカを訪問。タイや韓国、アメリカでは現地企業とのやりとりや実務経験もあり、英語でのビジネスメール対応や資料作成など、実践的な英語を使う場面も経験しています。
◇自己紹介
大学時代に東南アジアをバックパッカー旅して以来、旅がライフワークに。ギリシャでの結婚式をはじめ、アジア・欧州・アメリカなどさまざまな国を訪れてきました。