UFOが墜落した噂で知られるロズウェル。
現代でも動画サイトやソーシャルメディアを通じて広い世代から関心が寄せられています。
このUFOの聖地となった地を訪れる際に外せないのが「ロズウェルUFO博物館」です。
この記事では、騒動の概要や、UFO博物館との関連性、展示内容、街歩きスポットなど旅行のお役立ち情報をお届けします。
好奇心を刺激するディープな旅行をご検討中の方は、ぜひ参考にしてください!
- アメリカ「ロズウェルUFO博物館」の基本情報と歴史
- ロズウェル事件の真相と深まる謎
- 必見!宇宙人模型と回収物の展示
- ロズウェルへのアクセスと街歩き
- 「ロズウェルUFO博物館」でミステリーな旅を楽しもう!
アメリカ「ロズウェルUFO博物館」の基本情報と歴史
ロズウェルの地名が世界中に知られるきっかけとなったのは、ロズウェル航空部隊が「空飛ぶ円盤」の残骸を牧場で回収したと報道し、24時間以内に、軍はその残骸を「気象観測用の気球」の破片だと訂正した出来事です。
しかし、アメリカ空軍は1990年代になって、残骸は「モーグル計画」と呼ばれるソビエトの核実験を探知する計画で使用されていたものであったと説明を変更します。
これはロズウェル事件として知られ、UFO博物館開館に深く関わっています。
世界中から愛好家が集まるUFO研究の聖地
ロズウェルは、アメリカ南西部ニューメキシコ州の砂漠地帯に位置する、同州5番目の都市です。
古くから灌漑農業や 牛を中心とした牧畜業が営まれ続けています。
第二次世界大戦中の1941年には陸軍の航空部隊がおかれます。
残骸の回収にあたった第509爆撃航空群はここに拠点をおいており、当時世界で唯一、原子爆弾を運用していた精鋭部隊でした。戦後、空軍に引き継がれ、重要な軍事拠点の一つとしての役割を担いました。
ロズウェルでは、広大な砂漠の中で、人々の日常の営みと軍事的な緊張感が隣り合わせに存在していました。
ロズウェルでの出来事には、このような地理的な特性が背景にあります。
UFOという超常現象と軍部の高度な機密性という組み合わせは、メディアを通して長年にわたりナラティブを展開させてきました。
解き明かされない謎に魅せられた人々は、真実を肌で感じるため、UFO愛好家も懐疑派も、世界中から現地へ旅をします。
こうしてロズウェルはUFOの聖地となりました。
また、毎年7月4日ごろに、UFOフェスティバルが開催され、熱狂に包まれるなど、UFOとの結びつきは、観光資源として大きな意味を持っています。
1947年の墜落事件から開館までの歩み
ロズウェルUFO博物館(正式名称:International UFO Museum and Research Center)は、事件に関わった当事者が中心となり、事件をもっと知ってもらう目的で1992年に開館されました。
ロズウェル事件にまつわる資料や、世界中のUFO・超常現象に関わる資料をあらゆるフォーマットで収集、保存、公開しながら、観光客向けのエンターテイメントを提供しています。
事件から博物館の開館までは約45年の時間が流れていました。
その間、1970年代後半に新たな証言が現れたことで、ロズウェル事件は再び世間の注目を集めるようになります。
再注目のきっかけは、ジェシー・マーセルの証言でした。
マーセルは当時第509爆撃航空群の諜報部で、牧場に散乱した残骸の回収にあたった人物です。
1978年になり、彼は回収した残骸について「今までみたことがないものだった」「地球のものとは思えなかった」等、宇宙船の墜落を肯定するような証言を行いました。
インタビューを執り行なったのは、スタントン・フリードマンで、アメリカの核物理学者・UFO研究家です。
ロズウェル事件を発掘した彼は、世界中に及んだUFOブームの火付け役となりました。
その後も当時の軍関係者、市民、関係者の家族、伝聞などの証言が次々と表にあらわれていきます。 証言の出現に伴い、宇宙人説や陰謀説などを中心とした憶測がひろがっていきました。
また、人々の好奇心はSF小説や映画、テレビシリーズをはじめとしたポップカルチャーにも大きな影響を与えていきます。
このような社会的関心の高まりのなかで、1991年にUFO博物館は非営利団体として設立され、翌年に公開されました。
開館後もアップデートを重ねながら、いまでは毎年およそ20万人が訪れる人気スポットとなっています。
事件の資料や現場写真を網羅した常設展示
第一の常設展示エリアでは、1947年の事件について、時系列に整理されて詳細に語られてます。
びっしりと並べられた新聞記事の複製、証言や公式文書の写真付きの資料は、当時の様子を追体験させてくれるようです。
目撃情報に基づく墜落現場の再現ジオラマや、エイリアンのドローイングなどの具体性のある視覚的な描写が現実と想像の世界の境界を揺さぶります。
ロズウェル事件の真相と深まる謎
1947年7月前後の出来事を時系列で整理してみます。
目撃証言から紐解く未確認物体の正体
■ ロズウェル事件以前
・1947年7月以前のUFOブーム
6月24日、アマチュアパイロット兼実業家のケネス・アーノルドが、ワシントン州カスケード山脈のレーニア山付近を飛行中に正体不明の飛行物体を目撃したという証言を契機に、アメリカで初めてUFOが大報道を引き起こしました。
■ ロズウェル事件以降
・1947年7月初旬〜7月7日
ロズウェルの北西約75マイル(120km)にあるコロナ付近で牧畜を営むマック・ブレイゼルもその一人でした。
1947年6月14日ごろ、彼の管理するフォスター牧場で、アルミ箔や棒、テープのようなものからなる破片を多数発見していました。
7月4日ごろ家族とともに現地を再訪した翌日、UFOの噂を耳にしたブレイゼルは、自分の発見との関連性に興味を持ち、7月7日に地元の保安官に話します。
報告を受けたジェシー・マルセル(陸軍航空基地に駐在していた第509爆撃航空群の情報将校、のちの証言者)は現場で残骸の回収にあたりました。
・1947年7月8日
翌日7月8日火曜日、部隊の広報官であったウォルター・ハウトは、軍が空飛ぶ円盤を回し、フォートワースにある第8航空部隊に調査のため空輸されたと発表します。
その発表は、7月8日付けのRoswell Daily Recordで大々的に報道されます。
同記事の中には、7月2日に、地元の夫婦が高速で飛行する光る物体を目撃していたことが言及されており、関連が示唆されています。
なお、墜落を前提とする説では、しばしば墜落日は7月2日や7月4日という説明が見受けられます。
7月9日、第8空軍司令官のロジャー・レイミーは、マーセルによって「回収された物体は気象観測用気球だった」と前日の発表を訂正しました。
こうしてブレイゼルの発見した残骸は、気象観測用の気球という結論によって終結したかのように思われました。
■ 1978年以降
しかし、31年後の1978年、マーセルが回収した残骸は「今までに見たことのないものだった」「地球のものとは思えなかった」と証言をし、事件の真相について語り始めます。
これらを受けて、UFO研究者のフリードマンは「ウォーターゲート事件の宇宙版」だと問題提起をしました。
その後、UFO研究者たちは当時の関係者の証言を集め始めました。多くの退役軍人たちは宇宙船墜落の要素に、個人的な経験を加えて語りました。
証言者のなかには、事件を最初に空飛ぶ円盤の回収をプレスリリースした広報官、ウォルター・ハウトが含まれていました。
彼は軍によるコロナ付近での宇宙船墜落を主張し続けることになります。
そのほかの有名な証言として、ロズウェル陸軍航空基地に葬儀サービスを提供していたグレン・デニスによる、病院での体験談があります。
デニス氏は、基地から遺体処理についての奇妙な電話相談を何度も受けた後、基地の病院を訪れた際に、宇宙船の残骸を思わせる金属片を目撃します。
さらに知り合いの看護師から、人間とは思えない3つの遺体について聞いたと証言しています。
のちに、ハウト氏とデニス氏は、地元の実業家マックス・リテル氏とともに、ロズウェルUFO博物館を共同設立することになります。
一方で、これらの証言の信憑性に対し、懐疑的な立場をとる人々もいました。
また、1947年当時の報道になかったような金属の素材、別の墜落現場や、エイリアンの捕虜といった証言があらわれはじめたのも1978年以降というのも、後世に疑問をのこす要因となっています。
「隠された真実」の解明に対する人々の関心の高まりに並行して、現実とフィクションの境界が曖昧になっていきました。
軍の「気球説」と「宇宙人説」を巡る論争
巷に溢れるロズウェル事件についての陰謀説に対処するため、独立した政府の調査機関である米国会計検査院(GAO)の要請に基づいて、アメリカ空軍はロズウェル事件に関わる公式文書の精査と、当時の関係者へのインタビューを行います。
これらの結果をまとめたものが、1994年の「Roswell Report」です。
この中で、当時気象観測用の気球と発表した物体は、モーグル計画によるものと結論づけています。
モーグル計画はソビエトの核実験を監視するもので、冷戦下のトップシークレットでした。
モーグル計画における核実験の音波探知用の気球は、高高度での観測装置で、気球と反射板が連なった構造をしています。
モーグル計画では、高高度気球にレーダー反射板や音波探知装置を連結した長い気球列が使用されていました。
また、隠蔽の疑惑に対しては否定的でした。
音波探知用の気球の素材は気象観測用の気球と共通しているため、意図的に気象予測用の気球であると発表したわけではないとしています。
エイリアンの捕虜や遺体回収説に対しても、パラシュートの性能実験のダミー人形の誤認という見解を示しています。
この実験は実際の事件のあとである1950年代に行われましたが、1970年代以降にロズウェルでの出来事が再び世に出たことによって、その曖昧な記憶の再構築が行われ、話が膨らんでいったという解釈がされています。
しかし、こうした公式の発表にも疑問が残ります。
UFOを回収したという最初の発表と、その急な訂正は、多くの人にとってなお不自然に映るでしょう。
また、最初のプレスリリースを発表した経緯を示す文書は見つからなかった、とレポート中に言及されており、捉えようによっては何かを隠しているように感じられます。
一方、宇宙人説に立つ人々は、数々の具体的な証言に加えて、公式文書の意図的な隠蔽や、真実と異なる記録の公表、極秘資料の存在などを情報隠蔽の根拠に挙げ得るケースも見られました。
しかし、これらの文書や映像等の証拠のなかには、遊び心からシリアスなものを含めて、作りものであることが後に判明することが少なからずあったのも事実です。
センセーショナルな情報が求められる状況で、信ぴょう性に欠ける「証拠」が拡散していきました。
気球説、宇宙人説ともに、真実であると多くの人が納得できる証拠に乏しいのが現状と言えそうです。
近年、未確認飛行物体は「UFO」ではなく、航空機とも、既知の自然現象から説明できない現象の「UAP(未確認異常現象)」のひとつとして研究されるようになりました。
2022年、NASAはUAPの研究チームを立ち上げました。
NASAはオープンなデータを使い、AIを含めた先進的な手法を用いて調査をしています。
2023年の報告では、地球外起源の生命体の証拠は見つかりませんでしたが、今後の展開に期待がされています。
地球が属する銀河は、宇宙に存在する数ある銀河の一つに過ぎません。
今後、地球外の生命が確認され、過去のロズウェル事件にも革新的な見解が加えられる日が来るかもしれませんね。
館内で公開されている極秘資料と調査記録
展示の一部は、政府の機密情報の性質と内部からの告発に焦点が当てられています。
事件に密接した多くの証言者は、秘密を口外することは大きなリスクであったという主張をしており、それが長い間の沈黙に繋がった理由として挙げられています。
館内では、 機密解除された文書の印刷物が、証言や手書きの文章などと共に展示されており、来館者が証言の信頼性についてそれぞれ考えられる展示になっています。
また、図書館ではSF小説、雑誌から、UFO現象についての詳細な調査記録や、証言などの映像・音声のアーカイブなど、さまざまな視点の資料が公開されています。
7,000以上の書籍、3万冊以上の雑誌、多数の映像アーカイブがあり、UFO現象について幅広く学ぶことが可能です。
このような専門性の高い資料に触れられる場所として、世界中のUFO愛好家や研究者の交流拠点としても親しまれています。
必見!宇宙人模型と回収物の展示
エントランスから資料展示のエリアを抜けると、ステージ状のレプリカが複数設置されている場所があります。
証言をはじめとした資料から来館者それぞれが考えを巡らせてきたあとで、視覚的なインパクトを加えてくれる必見のエリアです。
ぜひ旅の記念写真を納めてくださいね。
エイリアン解剖シーンを再現した衝撃展示
「等身大」のエイリアン解剖の展示は、館内の説明によると、この展示は1992年に制作され、1994年にアメリカで放映されたテレビ映画『Roswell』の撮影で使用されたセットや小道具を利用したものです。
無表情の軍医のマネキンと、生々しく傷跡が細かく作り込まれた異様なエイリアンの模型が対照的に配置されていて、恐怖感と同時にどこかユーモラスな印象さえ与えてくれます。
残骸を表す金属質の小道具と合わせて、ロズウェル事件の一つの物語を、一つのシーンとして切り取った展示となっています。
墜落現場の残骸や謎の金属片(レプリカ)
軍による陰謀説に焦点をあてたエリアでは、モーグル計画に使用された装置の模型や、目撃者がエイリアンと見間違えたとする人体ダミーを用いながら、軍の説明がどのようなものであったかを検証しています。
中でも有名なのは、マーセルの証言に登場する「奇妙な記号が刻まれたIビーム」と呼ばれる破片のレプリカの展示です。
発見された残骸は、1947年7月9日に軍が「気象観測用の気球」であると発表したことで、回収された残骸は別の物体とすり替えられたのではないかという疑念も、長く語られてきました。
この説に対して想像力を掻き立てる再現展示となっています。
ロズウェルへのアクセスと街歩き
大都市からロズウェルへのアクセスには、飛行機と車を組み合わせた移動が一般的です。
日本からロズウェルに向かう場合、ダラス、デンバー、ロサンゼルスなどを経由してアルバカーキに向かい、レンタカーを利用すると比較的スムーズです。
最寄りのロズウェル空港を利用する場合は、ダラスかデンバーから乗り継ぎが可能です。
主要都市からレンタカーでの移動ルート
| 出発都市 | 距離 | 車での移動時間 | ルート |
| アルバカーキ | 約320km | 約3.5〜4時間 | US-285 |
| エルパソ | 約380km | 約3.5〜4時間 | US-54→US=380 |
| ラボック | 約280km | 約3.5時間 | US-380 |
| サンタフェ | 約300km | 約3〜4時間 | US-285 |
宇宙人モチーフが溢れるユニークな街並み
ロズウェルの街には宇宙人が所狭しにデザインとして使われています。
街一帯がテーマパークのような雰囲気です。
こちらでは、有名な宇宙人アートをいくつかご紹介します。
■ 空飛ぶ円盤型マクドナルド
ロズウェルのマクドナルドは、UFOの形をした屋根で有名です。店内に宇宙服を着たキャラクターなど、特別仕様です。
夜にはライトアップされ、暗闇に浮かび上がります。
■ 宇宙人の街灯
ロズウェルメインストリートにある街灯にはアーモンド型の目が描き込まれており、宇宙人の頭のようになっています。
■ ウェルカムサイン
ハイウェイ沿いにUFOをイメージしたウェルカムサインがいくつかあります。UFOが牛を吸い込んでいるデザインや、UFOパネルタイプのものがあり、記念写真スポットとして人気です。
■ 壁画
宇宙人をテーマにしたカラフルな壁画があちらこちらに見られます。巨大なものや、お店の壁に描かれたものまで、町中に数多く見られます。
お土産も、もちろん宇宙人。Tシャツやマグカップなどの定番から、ユニークな商品まで、ぜひ自分のお気に入りを見つけてください。
また、7月のUFOフェスティバルでは、イベント参加者の趣向を凝らしたコスプレやパレードが楽しめます。賑やかな雰囲気を楽しみたい方にはおすすめです。
墜落現場の牧場跡と周辺ミステリースポット
■ フォスター牧場
ブレイゼルが管理をしていたフォスター牧場は、ロズウェルから75マイル(120km)ほど離れています。私有地ということもあって、一般の立ち入りは原則としてできません。遠くから見る場合もルールとマナーをまもった訪問が必要です。
ただし、ロズウェル市街で開催されている「ロズウェルUFOツアー」では、墜落現場とされる場所の訪問は行っていないながらも、ロズウェル事件に関連する場所を訪れることができます。
■ ウォーカー航空博物館(Walker Aviation Museum)
ロズウェル陸軍航空基地の歴史を紹介する博物館です。ロズウェル航空基地(後にウォーカー空軍基地と改名)は、核戦略を含めて、第二次世界大戦中から冷戦時代にかけて重要な軍事拠点でした。
ロズウェル事件当時の基地の背景を理解できる場所です。
■ ボトムレス・レイクス州立公園(Bottomless Lakes State Park)
ロズウェルから25キロほど南東にあるボトムレス・レイクスは、石膏質の地層が長年の侵食を受けて陥没してできた陥没湖です。州立公園内ではトレイル、カヌー、水泳やキャンプが楽しめます。
天体観測で宇宙に想像を膨らませることもできます。
■ ロズウェル UFOスペースウォーク(Roswell UFO Spacewalk)
ブラックライトを用いた体験型アートが楽しめる空間です。暗闇と光や音響の効果で、まるで別世界を旅したかの感覚を味わえるかもしれません。
家族連れにもおすすめです。
「ロズウェルUFO博物館」でミステリーな旅を楽しもう!
現在のUFOにまつわる議論を理解する上でロズウェル事件は欠かせない存在です。
ロズウェルUFO博物館の展示は、実際の資料、証言に基づく再現、ポップカルチャーなどが混在した空間であるため、訪問者それぞれの視点から事件からその後に広がった社会現象について自由に解釈できます。
想像力や知的好奇心を刺激し、様々な人と考えを共有・交換できるのは、現地を訪れる楽しみの一つです。
ロズウェルを訪れてみてはいかがでしょうか!
◇経歴
土や紙をつかった造形や、ドローイングをしています。
◇資格
TOEIC 955
◇留学経験
スコットランドにあるグラスゴーの大学で、4年間美術を学びました。
◇海外渡航経験
今までたくさん旅をしました。
イギリス、フランス、イタリア、スイス、ベルギー、オランダ、チェコ、スロバキア、オーストリア、ノルウェー、フィンランド、スウェーデン、中国、香港、韓国、ネパール、タイ、フィリピン、インドネシア、マレーシア
色褪せた思い出を蘇らせようと、古いデジカメのデータを読み込もうとしたら、ほとんど消失していてショックを受けました。
今思えば貴重だった家族旅行、感動した景色、美味しかった食べ物、かけた時間や使ったお金が写真に詰まっていたように感じられ、寂しかったです。一瞬一瞬を大切に、これからも旅を続けようと思います。
◇自己紹介
日本の一般大学を卒業した後、憧れていた海外の美術大学に留学しました。
語学の面で苦労しましたが、留学の経験は宝です。
現在、作品の制作・発表と、ライター活動、コツコツ英語の勉強をしております。
書くことを通じて、経験を活かしながら、学びを続けたいと思っています。