『神曲』の作者ダンテゆかりの地へ行こう!文学・歴史に触れられる観光スポット【徹底解説】

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中世の大作『神曲』。一見すると難しそうですが、実は恋や希望、人の成長が詰まったドラマチックな物語です。

作者ダンテは、この作品を通じて文学の革命を起こしました。そのダンテが生まれ育ったフィレンツェや晩年を過ごしたラヴェンナには、ダンテゆかりの場所が残っています。

この記事では、そんなダンテゆかりの地を『神曲』のストーリーも絡めながらご紹介します。

ダンテ・アリギエーリとは?

ダンテ・アリギエーリ(Dante Alighieri)は、1265年にイタリアのフィレンツェで生まれた詩人、哲学者、文学者、そして政治家です。

名家の出身で、幼い頃から騎馬術や武術、狩り、絵画、音楽など教養と感性を磨かれる環境で育ちました。時代は戦争真っ只中でしたが、彼は豊かな感受性を育みながら成長します。

9歳のとき、ダンテはベアトリーチェという少女に初恋をします。このベアトリーチェへの恋心は彼の中で一生続き、やがて彼女は理想の女性、そして神の導き手のような存在になっていきます。

しかし、ベアトリーチェは24歳の若さで突然この世を去りました。その深い悲しみから生まれた詩集が『新生(La Vita Nuova)』です。ここではベアトリーチェは、天にいる理想の存在として描かれ、ダンテの心を支え、そっと導いてくれるような姿が表れています。

その後、ダンテは「清新体派(ドルチェ・スティル・ノーヴォ)」を率いて詩人として活躍しますが、やがてフィレンツェでの政治的対立に巻き込まれ、国外追放となってしまいます。

亡命先のラヴェンナで暮らしながら、彼は生涯の代表作である『神曲(Divina Commedia)』を完成させました。

当時、学問や宗教の言葉はラテン語で書かれており、裕福な人のみが読むことができる特別なものでした。

しかし、ダンテは『神曲』を民衆の言葉であるトスカーナ語(現代のイタリア語のもと)で執筆します。

これにより、限られた知識人だけではなく、一般の人々にも神や人生の真理に触れる機会を与えました。これは、後に「人間の力、美しさ、理性を大切にする」ルネサンス運動につながる重要な一歩であり、新しい時代の始まりを告げるものでした。

『神曲』は、イタリア文学だけでなく、近代文学全体の誕生とも言える歴史的な作品として、今も多くの人に読み継がれています。

ダンテ『神曲』のあらすじと魅力

イタリア文学に限らず西洋文学は、その内容に宗教的な深い部分が含まれており、難しいと思われがちですが、『神曲』は物語としてとても面白くドラマティックなストーリーです。

ダンテ『神曲』は3部編成

『神曲(Divina Commedia)』では、ダンテ自身をモデルとした主人公が、「地獄」「煉獄」「天国」という3つの世界を旅します。

ベアトリーチェへの変わらぬ愛だけでなく、政治の混乱、喪失、そして人間の弱さと救いについての深い気づきが込められています。

主人公ダンテはこの旅を通して、「人はすぐには救われないが、自らと向き合い努力することで光にたどり着ける」という希望のメッセージを残しています。

☆地獄編

主人公ダンテは、ある日人生の道に迷った男として、恐怖と絶望を抱えて地獄に迷い込むことになります。そこで、ウェルギリウス(導き手)に出会い、地獄を旅します。地獄では自分が犯した罪の分だけ罰を受けて苦しむ姿を目にします。「人間の弱さ」「正義の厳しさ」などを感じていくのです。

☆煉獄編

地獄を抜けたダンテは、煉獄山のふもとにたどり着きます。

ここは、罪を反省しその償いをすれば、天国に行ける場所です。償いをする人々の姿を見ながらダンテは、人は悔い改めることで救われることを学んでいきます。導き手のウェルギリウスは、ダンテの成長と共に役目を終えます。

☆天国編

ダンテは天国で、 初恋の相手ベアトリーチェを導き手として迎えます。

理想の女性のベアトリーチェは、神曲の中では、神の愛の伝え手として登場し、ダンテを光に満ちた世界へ導きます。ダンテはベアトリーチェと共に「天国の9つの天球」に昇りながら聖人や神学者たちに会い、知恵を授かり愛を知り、信仰の大切さを学ぶのです。

⭐︎ベアトリーチェの存在

ベアトリーチェは、ただの憧れの女性ではありません。彼女はダンテの魂を救い、そして、導く大切な存在です。煉獄編の終わりから天国編にかけて登場し、再会したダンテの愛は、個人的な想いを超えて「神聖な愛」へと変わっていきます。ベアトリーチェを天の使いとして描きながら、ダンテ自身が救われていったのかもしれません。

ダンテ『神曲』の魅力はロールプレイングゲーム

『神曲』の1番の魅力は、わかりやすいストーリー性です。

現代で言えば転生ものの小説やロールプレイングゲームのように、主人公が旅を通して導き手に会い、レベルアップして成長していく物語です。

ダンテ自身はとても博識で、難解に書くこともできたはずですが、あえて誰でも読み進めることができるようにと書かれたその文章は理解しやすく、面白く、民衆の心を鷲掴みにしました。

人気のある物語や映画に共通する要素は、「主人公の成長を読者や観客が一緒に楽しめること」と言われますが、ダンテの『神曲』もこの典型でした。13世紀の時代であっても、人の心が求めるものは今と変わらず「成長の物語」だったわけです。

イタリアの基本情報

イタリアはヨーロッパの南側に位置し、総面積が30.2万平方キロメートル。 日本の80%くらいの大きさです。

人口は約5800万人(2023年現在)。ローマ帝国時代から巨大な権力を持ち、歴史的にも文化的にも世界に大きな影響を与えてきました。

ルネサンス文化が始まったのもイタリアです。芸術、建築、哲学に始まり、食文化、ファッション、スポーツまで、現在でも世界から注目される国です。

イタリアは、ヨーロッパの南にあり、アルプス山脈から地中海まで広がった地形で、地中海気候の恩恵を受けた土地です。北部は金融や工業など産業で栄え、南部は農業や観光が盛んな地域です。また、南部は火山活動が盛んで、大きな地震によく見舞われてきています。

ヨーロッパ最大の活火山エトナ山がシチリア島にあり、頻繁に噴火を起こすことで知られています。

イタリアは、ユーロの国々の中で3番目の経済大国です。

近年は、先進国が抱える少子高齢化や、移民問題、経済格差の問題も抱えています。

フィレンツェはどんな街?

フィレンツェは、トスカーナ州の中心都市でルネサンスの発祥の地です。

古代ローマ帝国時代のフィレンツェは、「花の女神フローラの街」と親しまれており、花の名前「フロレンティア(Florentia)」からフィレンツェという地名になりました。

芸術の都であるフィレンツェからは、素晴らしい芸術家が生まれています。ここフィレンツェを牛耳っていた富豪であり名家メディチ家の後ろ盾の下、レオナルド・ダ・ヴィンチ、サンドロ・ボッティチェッリ、そして、ミケランジェロ・ブオナローティなどが生まれました。

「屋根のない美術館」と称される赤いレンガの街並みはとても美しく、ここから花開いた芸術家たちの暮らしや感性を刺激された時代が目に浮かぶようです。街はとてもコンパクトにまとまっており、ユネスコの世界遺産として登録された地区も観光できます。

フィレンツェにあるダンテのゆかりの地

フィレンツェに行くなら必ず訪れたいダンテのゆかりの場所をご紹介します。

⭐︎ダンテの家博物館 (Museo Casa di Dante)

ダンテの生まれたとされる場所が博物館として残されています。実際にダンテが住んでいたのではありません。ダンテの作品についての資料の他に、中世時代のフィレンツェの暮らしの中で、特にダンテの時代の日用品や衣装、家具なども展示されています。
ダンテが生きた時代をじっくり感じることができます。

参考:https://www.museocasadidante.it/en/saturday-and-sunday-reservation-required/

⭐︎サンタ・クローチェ教会 (Basilica di Santa Croce)

「イタリアの栄光のパンテオン」とも呼ばれる教会で、ダンテの記念碑が建てられている教会です。ダンテはここに埋葬されていません。フィレンツェ市民はダンテをここに埋葬したかったのですが、ラヴェンナが遺骨の返還を拒否したのです。
ミケランジェロ、ガリレオ・ガリレイ、マキャヴェッリなど、イタリアの偉人たちの墓があります。

⭐︎シニョーリア広場とヴェッキオ宮殿 (Palazzo Vecchio)

ダンテが政治家として活動した広場。塔の上からは赤い屋根が広がる美しい街並みを一望できます。まるで、ダンテが暮らした時代にタイムスリップしたような気分になれます。
観光地としても賑わっており、クチコミでも「フィレンツェらしさを体験できる場所」と評判です。

⭐︎ダンテの教会 (Chiesa di Santa Margherita dei Cerchi)

ダンテが若き日にベアトリーチェと出会ったとされる場所です。小さいけれども歴史的な雰囲気を持つ教会で、ダンテのベアトリーチェへの甘酸っぱい思い出に触れようと多くの観光客が訪れます。

⭐︎ドゥオーモ(サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂)

大聖堂のそばにある「ダンテの石」は、ダンテがよく座ってドゥオーモの建設を眺めていた場所と伝えられています。

おすすめ!フィレンツェ散策ルート

ダンテの足跡をたどりながら街歩きを楽しめるルートをご紹介します。

旧市街は観光スポットが集中しているので、徒歩だけで効率よく巡ることができます。

1.ダンテの家博物館からスタート

サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂から徒歩3分です。
ダンテの生家で中世の雰囲気に触れて散策スタートです。

2.サンタ・マルゲリータ・デイ・チェルキ教会

博物館のすぐそばです。
ベアトリーチェとの出会いの舞台とされる教会。9歳のダンテの初恋を感じられるかもしれません。

3.サンタ・クローチェ教会

徒歩7分でダンテの記念碑がある教会に着きます。
ミケランジェロやガリレオの墓もあり、ダンテと同時期に生きた哲学者を感じられます。

参考:https://www.santacroceopera.it/en/organise-your-visit/

4.シニョーリア広場とヴェッキオ宮殿

さらに8分歩くと広場に到着。
塔に登って赤い屋根の街並みを一望すると、当時のダンテも同じ景色を見ていたのかな…と想像してしまいます。

参考:https://ticketsmuseums.comune.fi.it/1_museo-di-palazzo-vecchio/

5.フィレンツェ大聖堂

徒歩10分で大聖堂へ。
外壁には『神曲』の一節を刻んだプレートがあり、ダンテの人生を垣間見れる散策の締めくくりです。

フィレンツェ旧市街の散策は、ゆっくり見学してもおよそ3時間ほどです。距離にして約2.5kmと無理のないコースなので、徒歩で十分に楽しめますよ。石畳の道を歩きながら、中世の物語の世界に入り込んだ気分を味わってみてください。疲れた時はカフェにも寄ってみてくださいね。

☆注意 ダンテの家博物館 (Museo Casa di Dante)、サンタ・クローチェ教会 (Basilica di Santa Croce)、ヴェッキオ宮殿 (Palazzo Vecchio)はあらかじめオンラインで入場予約が必要です。事前によく調べてから訪れることをお勧めします。

足を伸ばして訪れたい郊外のダンテゆかりの場所

フィレンツェ中心部を巡ったあとは、郊外にあるダンテゆかりの地にも足を伸ばしてみてはどうでしょうか?

列車やバスを使って日帰りでも訪れることができます。

ロメーナ城(Castello di Romena)

フィレンツェからはバスで約1時間半。
『神曲』にも登場する城で、ダンテが実際に訪れたと言われています。
丘の上にそびえ、アルノ川流域の景色を一望できます。

グラダーラ城(Castello di Gradara)

地獄篇に登場する城です。
中世の雰囲気が色濃く残り、観光客からも「まるで小説の世界」とクチコミで評判です。鉄道とバスを乗り継いで日帰り旅行が可能です。

ここまで訪れてみると、ダンテの生涯や『神曲』の世界に十分に浸れることでしょう。
ダンテを存分に感じる自分だけの小さなツアーを計画してみてはいかがでしょうか

ラヴェンナにあるダンテゆかりの地

ラヴェンナは、ダンテの終焉の地です。

1302年、フィレンツェ共和国に政治的な混乱が起こり、巻き込まれてしまったダンテは追放されてしまいました。

その後、ヴェローナ、マラスルニジャーナ、パドヴァ、ヴェネツィア、ルッカなどを転々としながら滞在します。

1307年、ダンテの代表作の大作『神曲』を書き始めてからも、各国を放浪しながら執筆を続けたのでした。

1316年、ダンテは招待されラヴェンナへ赴きます。ラヴェンナはアドリア海岸沿いの古都。5世紀から8世紀にかけてビザンチン芸術の中心でした。ダンテは街のモザイク画を「色彩のシンフォニー」と称えています。

また、『神曲』には、モザイク画からインスピレーションを刺激されたと言われるシーンが多く登場します。

ラヴェンナには、5世紀から6世紀にかけて築かれた美しい聖堂や廟が8つ残っています。これら8つの建築群は、初期キリスト教文化を伝える貴重な遺産として1996年に世界遺産に登録されました。

では、ラヴェンナにあるダンテゆかりの地をご紹介します。

■ リナーレ・ヌオーヴォ聖堂のモザイク画

煉獄篇の中でベアトリーチェの登場を予感させるシーンがあります。白い服を着て百合の花をさした冠をつけた24人の長老が出てくるのですが、このモザイク画がサンタポッリナーレ・ヌオーヴォ聖堂にあるのです。

専門家はこのモザイク画に影響され、ベアトリーチェが近づいてくる雰囲気に重ねたのではないかと言っています。

また、天国篇第14歌に登場する、死者の魂が作り出す光の十字架。その中でキリストがキラキラ輝くシーンがあるのですが、このイメージもサンタポッリナーレ・ヌオーヴォ聖堂にある「キリストの変容」を描いたモザイク画と言われます。

■ クラッセの街

ラヴェンナから5kmほどの離れたクラッセ。煉獄篇第28歌で登場する森のシーンはクラッセの松林を歩いた時のものだろうと言われています。

■ サン・フランチェスコ聖堂 Basilica di San Francesco

ダンテの葬儀が行われた教会です。5世紀に創設されたものの、何度もの改修により初期のキリスト教建築はほぼ残っていません。祭壇の下には水に沈んでいる10世紀の地下室があり、当時のモザイクの床の一部が残っています。

■ ダンテの墓 Tomba di Dante

サン・フランチェスコ聖堂の敷地内に隣接する「ダンテの霊廟(Tomba di Dante)」 でダンテが埋葬されています。

まとめ

『神曲』の作者ダンテのゆかりの場所、フィレンツェとラヴェンナについてご紹介させていただきました。

ダンテの生涯は、愛する人との別れや故郷からの追放など、苦難の連続でした。しかし、彼はその苦しみから救われる体験を『神曲』という作品に書き綴りました。
民衆の言葉で綴られた『神曲』は多くの人に感動を与えたのです。

今回ご紹介した場所を訪れれば、ダンテの想いに触れることができるはずです。石畳を歩きながらダンテの足跡をたどり、自分だけの「神曲」の旅を楽しんでみてください。

 

 

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