
赤、青、白といった明るい色合いに、星や太陽が散りばめられた色鮮やかなデザインのフィリピン国旗。実は一見華やかに見えるフィリピン国旗は、激動の歴史を生き抜いたフィリピン人の思いが詰まったデザインなのです。
本記事では、フィリピン国旗のデザインやその意味を徹底解説!デザインの変遷や国旗掲揚方法も詳しく解説するので、興味のある方はぜひ最後までお読みください。
- フィリピン国旗のデザインと意味
- フィリピン国旗のデザインの変遷①:1897〜1901年
- フィリピン国旗のデザインの変遷②:1901〜1946年
- フィリピン国旗のデザインの変遷③:1946年〜現在
- フィリピンでは国旗を逆さまに掲揚する?
- フィリピンの国旗と似ているデザインの国旗を持つ国
- おまけ:フィリピンの基本情報
- 国旗のデザインからフィリピンの歴史を学ぼう!
フィリピン国旗のデザインと意味
まずは、以下でフィリピン国旗のデザインとその意味をみていきましょう。
フィリピン国旗の基本デザイン
フィリピン国旗のデザインは、上部が青、下部が赤にそれぞれ水平に配置された2色のバンドと、左側の白い三角形から構成されており、国旗の縦横比は1:2です。なお、白い三角形のデザインを詳しく見ると、中央には8本の光線を放つ黄金色をした太陽、それぞれの角には3つの五角星があります。
フィリピン国旗のデザインは視覚的な美しさはもちろん、国の歴史や文化的価値観、国民のアイデンティティなどを表現する深い象徴的な意味が込められたものです。また、それぞれの要素は、フィリピンの独立と自由への長い闘争の歴史を物語っています。
以下では、フィリピン国旗の色や太陽、星などが何を意味するのかそれぞれ詳しくみていきます。
フィリピン国旗の色が意味するもの
フィリピン国旗の色には、それぞれ以下のような意味があります。
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赤 |
・フィリピン人の闘争精神 ・勇気と愛国心、果断を象徴する |
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青 |
・国の高潔な理想 ・平和や真実、正義を表す |
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白 |
・平等や友愛、純潔さ、平和 |
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黄 |
・自由、団結、民主主義を意味する ・太陽の色である黄色は、光明と希望も象徴 |
フィリピン国旗の太陽と光線が意味するもの
国旗の太陽は自由や団結、民主主義の象徴です。なお、太陽から放たれた8本の光線は、スペイン統治に最初に反抗し、フィリピン革命の初期に重要な役割を果たした以下の8つの州を表します。
・マニラ
・カビテ
・ラグナ
・ブラカン
・タルラック
・バタンガス
・パンパンガ
・ヌエバ・エシハ
フィリピン国旗にある3つの星が意味するもの
フィリピン国旗の三角形にある3つの星にも意味があります。それぞれの頂点にある3つの星は、ルソン島、ビサヤ島、ミンダナオ島といったフィリピンの主要な島々を表しています。
なお、歴史的な資料の中には、ビサヤ諸島を代表する島として「パナイ島」が言及されることもありますが、現在の一般的な解釈や教育資料では、3つの星はあくまでルソン・ビサヤ・ミンダナオという3地域を象徴するものとされています。
フィリピン国旗の白い三角形が象徴するもの
国旗の左側には白い三角形があり、自由、平等、友愛を表しています。なお、三角形はフィリピン革命当時の革命結社・カティプナンのシンボルで、平等の理念とフィリピン人の団結を表していると言われています。
複雑な歴史を映し出す鏡のように、フィリピン国旗のデザインは幾度も変化してきました。スペイン植民地時代からアメリカによる統治、日本による占領を経て現代に至るまで、フィリピン国旗は何度も姿を変えてきたのです。
以下の章では、フィリピン国旗のデザインの変遷を、1897〜1901年、1901〜1946年、1946年〜現在と3つの時期に分けて見ていきます。
フィリピン国旗のデザインの変遷①:1897〜1901年
フィリピン国旗のデザインの基礎ができたのは、フィリピン革命の最中1897〜1901年。早速この時期のデザインの特徴や歴史的な背景を見ていきましょう。
1897年:アギナルド将軍によるデザインの構想
現在のフィリピン国旗の基礎となったデザインは、1897年に香港で構想されました。デザインしたのは、フィリピン革命の指導者で初代大統領となるエミリオ・アギナルド将軍です。香港の革命評議会で作られたこの国旗は独立と自由を象徴しており、青と赤の帯、白い三角形、三角形の中にある太陽と3つの星という基本的なデザインは、この頃作られました。
1898年:初めてのフィリピン国旗掲揚
アギナルドがデザインしたフィリピン国旗が初めて公式に掲げられたのは、1898年6月12日、カビテでの独立宣言の際だと長い間信じられてきました。しかし、その後の調査で実際の初掲揚はそれより前の5月28日、カビテ州アラパンでスペイン軍との戦闘が行われた時だったと判明したのです。
ちなみにフィリピンでは、当初6月12日を「旗の日」に定めていました。しかしその後、国旗が初めて掲揚された本当の日付が判明したことを受け、1965年に旗の日を5月28日に変更しました。現在では5月28日が「国旗の日(National Flag Day)」として定められ、国旗掲揚期間が始まります。
フィリピン国旗のデザインの変遷②:1901〜1946年
次は1901〜1946年、アメリカや日本がフィリピンを支配していた時代をみていきましょう。
1907〜1919年:フィリピン国旗の禁止
1901年にアメリカ・フィリピン戦争後にフィリピン第一共和国が崩壊すると、アメリカ合衆国による統治が始まりました。なお、フィリピン国旗の掲揚は1907年から1919年10月30日までは制限されていました。
アメリカ政府がフィリピン国旗掲揚を禁止したのは、国旗が独立と抵抗を意味していたからです。アメリカ統治を安定させるために、公の場ではアメリカ国旗のみ掲揚が許されていました。
1919〜1936年:フィリピン国旗の復活とデザインの変更
1919年にフィリピン議会の努力とアメリカ総督フランシス・バートン・ハリソンの支援によって旗法が廃止されたことで、フィリピン国旗を再度利用できるようになりました。
ただし、太陽の顔が省略されて青色がより濃い色調に変わるなど、デザインも一部変更となっています。
なお、1936年には国旗のバランスを整えるために、白い三角形を長くするなどの変更が加えられました。
1943〜1945年:日本占領によるフィリピン国旗の再禁止と限定的復活
1941年12月、日本軍がフィリピンに侵攻して占領を開始したことで、フィリピン国旗の使用は再度禁止に。 代わりに掲揚が許されたのは日本の国旗である日章旗のみでした。
しかし、1943年10月14日に日本が支援していた第二フィリピン共和国が樹立されると、フィリピン国旗の使用は限定的に許可されました。その後、日本が第二次世界大戦で敗戦するまで同じ状況が続きました。
フィリピン国旗のデザインの変遷③:1946年〜現在
最後は、戦後1946年から現在にかけてのフィリピン国旗のデザインの変遷についても見ていきます。
1946年:フィリピン独立による国旗掲揚
1946年7月4日、フィリピンがアメリカから独立。マニラでの独立を祝う式典でアメリカ国旗が降ろされ、フィリピン国旗が再び掲揚されました。なお、この出来事はフィリピンの主権回復を示す象徴となりました。
独立後は1898年にアギナルドが作成したオリジナルのデザインをベースにした国旗が採用されましたが、青と赤の色調はその後数回にわたって微調整されています。
1985年:マルコス政権下でのデザイン変更
1985年、フェルディナンド・マルコス大統領は、初期のデザインでは明るい青色を使用していたことから、国旗の青色を明るい色へと変えました。 ちなみに、この色調の変更はマルコス政権独自の解釈に基づくものだと考えられています。
1998年:現在のフィリピン国旗のデザインに決定
1998年にはフィリピン共和国の国旗デザインが再変更されたことで、現在のフィリピン国旗のデザインが完成し、また国旗に関する詳細な規定が「フィリピン国旗・紋章法」で定められました。
フィリピンでは国旗を逆さまに掲揚する?
フィリピンでは、法律によって国旗を逆さまに掲揚する場面を規定しています。以下では、フィリピンで国旗を逆さまに掲揚することに関する法律や、どのような状況で国旗を逆さまに掲揚するのかを解説します。
国旗掲揚方法はフィリピンの法律で規定
フィリピンでは共和国法第8491号(フィリピン国旗・紋章法)にて、平時と戦時で国旗の掲揚方法を明確に分けています。
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平時 |
旗竿から掲揚する場合 |
青色を上 |
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垂直に掲げる場合 |
観察者から見て右側に青色 |
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戦時 |
旗竿から掲揚する場合 |
赤色を上 |
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垂直に掲げる場合 |
観察者から見て右側に赤色 |
赤が上なら「戦時中」―フィリピン国旗の向きが持つ重大な意味
フィリピンでは、以下のように1898年にオリジナルの国旗が完成してから現在まで複数回にわたって国旗を逆さまに掲揚した時期がありました。
・1899〜1901年:フィリピン・アメリカ戦争期
・1941〜1945年:第二次世界大戦期
・1986年:エドゥサ革命(長期間独裁政権・マルコス政権に対しての国民の革命)
赤が戦時中を意味するフィリピン国旗の向きを間違えて掲揚することは、大問題になりかねません。
例えば、2010年にはベトナムで開催されたASEAN首脳会議にてフィリピン国旗が赤を上にして誤って「戦時中」として掲げられてしまい、フィリピン政府が公式声明を出す事態も。
以上のことから、フィリピンにとって国旗の向きの重要さがわかりますね!
フィリピンの国旗と似ているデザインの国旗を持つ国
以下では、フィリピン国旗と似たデザインを持つ国を2つ紹介します。
キューバ
米西戦争の結果として1898年にスペインから独立したキューバの国旗には、フィリピン国旗のデザインと以下のような類似点があります。
◾️国旗デザインの類似点
・国旗の左側に三角形が配置されている:フィリピンは白、キューバは赤
・2色のバンドが水平に配置されている
・三角形内に星がある:フィリピンは太陽と星3つ、キューバは星1つ
・国旗に赤と青を使用している
プエルトリコ
1898年スペインから独立し、その後アメリカ領となったプエルトリコもフィリピン国旗と似たデザインの国旗を持っています。
◾️国旗デザインの類似点
・国旗の左側に三角形が配置されている:フィリピンは白、プエルトリコは青
・赤と白のストライプが水平に配置されている
・三角形の中に星がある:フィリピンは太陽と星3つ、プエルトリコは星1つ
おまけ:フィリピンの基本情報
最後におまけとして、フィリピンの基本情報についてもまとめたのであわせて参考にしてくださいね!
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正式名称 |
・フィリピン共和国 ・Republic of the Philippines |
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位置 |
東南アジア、太平洋にある7,641の島々から構成 |
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首都 |
マニラ(行政機能はケソン市に集中) |
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面積 |
約30万平方km(日本の約8割) |
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主要島 |
・ルソン島 ・ミンダナオ島 ・ビサヤ諸島 |
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政治体制 |
・政体: 立憲共和制 ・大統領: フェルディナンド・マルコス・ジュニア(2022年就任) |
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人口 |
約1億1,500万人(2022年時点) |
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人口密度 |
368人/平方km |
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民族構成 |
・マレー系が主体 ・中国系、スペイン系などの混血も多い |
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年齢層 |
若年層の比率が高く、中央値は約25歳 |
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GDP |
・ 約4,000億米ドル(2022年) ・一人当たりGDP: 約3,500米ドル |
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主要産業 |
・サービス業(BPO産業) ・製造業 ・農業(米、バナナ、ココナッツ) |
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公用語 |
・フィリピノ語(タガログ語基盤) ・英語 |
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地方言語 |
セブアノ語、イロカノ語、ヒリガイノン語をはじめとした180以上の言語・方言が存在 |
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識字率 |
約98%(英語が広く普及) |
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宗教 |
・キリスト教(カトリック):約80% ・イスラム教: 約5%(主にミンダナオ島南部) ・その他:プロテスタント、仏教、伝統宗教など |
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世界遺産 |
・イフガオ州の棚田群 ・マニラのバロック様式教会群 ・ハミギタン山岳地域野生動物保護区 ・プエルト・プリンセサ地下川国立公園 など |
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国民的スポーツ |
・コックファイト:伝統的な娯楽として根強く人気 ・バスケットボール:フィリピン国内では最も人気のあるスポーツ ・ボクシング:マニー・パッキャオなど多くのチャンピオンを輩出 |
国旗のデザインからフィリピンの歴史を学ぼう!
フィリピンの国旗への理解は深まったでしょうか?フィリピンの国旗の色やデザインには、複雑な歴史と象徴的意義が詰まっています。国旗に込められた意味や背景を知ることは国の文化や歴史を知ることにつながるので、本記事をきっかけにさらにフィリピンの歴史に興味を持ってみてくださいね!
◇経歴
海外向けデバイスのソフト設計開発、関連資料翻訳
◇資格
TOEIC 900点
◇留学経験
ワーキングホリデーにてカナダ、オーストラリアに滞在経験あり
◇海外渡航経験
ワーキングホリデーでは、ホテルやレストランで仕事をしていました。
◇自己紹介
普段は翻訳などの仕事をしていますが、Webライターとしても活動しています。
興味の幅が広く、様々なテーマで記事を書いています。
皆様にとってわかりやすく面白い記事を書けるよう頑張ります。
よろしくお願いいたします。