ローマの古道アッピア街道を観光!見どころとアクセス情報まとめ

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「すべての道はローマに通ず。」

古代ローマ帝国の繁栄や中心性を表すこの言葉は、今でも多くの人に知られています。

古代ローマ時代から現代まで引き継がれている多くの知恵は、建築技術から宗教観、言語の成り立ち、数多の学問など、多岐にわたっています。

すべての道がローマに続いているかのように、道の起点をローマに持ってきた先人たちがいました。

その道が、いまでもローマには残されています。

アッピア街道

「街道の女王」と呼ばれるこのローマの古道を、ご紹介いたします。

「街道の女王」アッピア街道とは?

アッピア街道は、2000年以上昔に作られた、今も残るイタリアのローマから南へ伸びる石畳の古道です。

どんな街道か

アッピア街道の始まりは、イタリア、ローマの中心地です。

建築当初は、そこにカペーナ門があり、そこが起点となっていました。

そこから南へ向かって、約560㎞(350マイル)伸びている、とても長い石畳の道路です。

幅は4~6mほどで、当時は馬車二台がすれ違えるほどの幅に設計されていました。

地形によって、もう少し狭いところもあります。

もともと軍事目的で建築された街道のため、情報、人、そして物資を運搬するための街道です。

新しいアッピア街道が1784年に敷設されたため、アッピア旧街道とも呼ばれます。

2024年に世界遺産リストに登録されました。

街道沿いを取り巻く遺跡

アッピア街道それ自体が歴史的遺跡と呼べますが、さらにこの街道を素晴らしいものにしているのは、その街道沿いに点在する遺跡です。

チェチーリア・メッテラの墓、カタコンベも複数あり、カタコンベ・ディ・サン・カッリスト、カタコンベ・ディ・サン・セバスティアーノ、が代表的です。

各遺跡の中には、無料で入れるものや、有料のもの、展示時間が決められており閉館するものなどありますので、興味があるところを訪れるためには、ぜひ事前に調べて行くことをおすすめします。

「街道の女王」

アッピア街道は古く有名だから、「街道の女王」と呼ばれているわけではありません。

この街道は、紀元前312年に、ローマ国家が軍事と統治のため、初めて国家規模で生み出した幹線道路だったのです。

さらに、軍事的利用をした上、反乱鎮圧後、奴隷6000人を街道沿いに磔刑にした経緯を経て、軍事・制圧・そして恐怖の象徴となりました。

加えて、当時法律で市内にお墓を立てることが禁止されていたため、街道沿いにお墓が集中し、その結果、貴族や英雄、そして殉教者のお墓がこぞって建てられました。

こうして、あらゆる面で別格だったアッピア街道は、その後の街道のモデルケースとなり、尊敬を込めて「街道の女王」と呼ばれ、それが今でも受け継がれています。

アッピア街道の場所とアクセス

アッピア街道は具体的にどこにあり、日本からどうやって行けるのか、ご紹介します。

アッピア街道の場所

アッピア街道は、イタリアの首都・ローマとアドリア海に面したブリンディジを結ぶ街道です。

その距離はなんと560㎞!日本に当てはめると、東京から神戸までが一本の、直線的道路で結ばれているような距離です。

アッピア街道は、首都ローマの南部、サン・セバスティアーノ門から始まります。

アッピア街道州立公園が始まり、観光名所となっています。

アルバ・ロンガという古代都市を通り、カプア、ベネヴェントを通過して、バリやブリンディジへたどり着きます。

このブリンディジが主要港であり、ここが最終目的地となっています。

日本からどうやっていけるか

日本からアッピア街道を訪れる場合、まずはローマへ行くのが一番です。

日本からだと直行便で13時間から14時間かかります。

フランクフルトやパリなどヨーロッパの空港経由で乗り換えていくと、さらに2時間から4時間ほど追加でかかります。

格安航空券の入手も可能ですので、時期や日程によりご検討ください。

空港からローマ市内までは、電車やシャトル、タクシーなどで1時間弱ほどかかります。

そこからアッピア街道までは、バスかタクシーで30分前後かかります。

街道自体は、自転車や徒歩で散策するのが、楽しめるおすすめの方法です。

アクセスのコツ

アッピア街道の入り口に一番近い公共交通機関はバスで、バス路線は118番、「Catacombe di San Sebastiano(サン・セバスティアーノ)」です。

アッピア街道の入り口と言えるローマのサン・セバスティアーノ門付近に到着できます。

また、同じ路線ですが「Cecilia Metella / Mausoleo di Cecilia Metella」のバス停で降りると、チェチーリア・メテッラの墓付近に到着し、歩いて数分で遺跡に到着することが可能です。

118番路線のバスが、アッピア街道の主要遺跡付近まで行きますので、プランに合わせて、バス、自転車、徒歩などを組み合わせることをおすすめします。

アッピア街道が歩んできた長い歴史

アッピア街道がどのような歴史を辿ってきたのか、3つの観点からご紹介します。

繁栄と恐怖の象徴である街道

アッピア街道は、紀元前312年に当時のローマの検閲官アッピウス・クラウディウス・カエクスによって建設が開始されたものです。

目的は、軍事、そして統治利用。

南イタリアの征服のため、ローマ帝国が一丸となり国家的事業として敷設した街道です。

馬車が二台すれ違える構造であるのも、可能な限り直線的に南イタリアまで続いているのも、物資、人、情報をなるべく早く運ぶためです。

今まででは考えられないほどのスピードで、軍隊が派遣され、討伐し、統治していくのはどれほどの衝撃だったでしょうか。

有名なスパルタクスの乱では、反乱を収めた後、スパルタクスに率いられた奴隷6000人を磔刑に処し、アッピア街道沿いに並べた歴史があります。

それにより、ローマ政府の恐怖を一般市民に植え付けました。

その後もアッピア街道を使って統治を強めたローマ。

それが奏功して、ローマは名を馳せ、またその後のアッピア街道は、文化や商業の貿易ルートとしても重要な役割を果たし、繁栄の象徴となりました。

生者と死者が交わる街道

もう一つの観点は、死生観です。

当時のローマは、法律によりお墓を市内に作ることができませんでした。

ローマは、土葬を基本としていたため、疫病などの発生を恐れたためか、都市計画の建設上の理由かと言われています。

そこで、市外にのびるこのアッピア街道沿いに、多くのお墓を作りました。

初期のキリスト教の埋葬文化が色濃く残るカタコンベ・ディ・サン・カッリスト、カタコンベ・ディ・サン・セバスティアーノなど有名なカタコンベも位置しています。

そして、貴族たちは有り余る財力を駆使し、豪華なお墓を建てました。

戦死した英雄や、著名な殉教者などのお墓も確認されています。

両側にお墓が立った街道が、死者と対面する道となり、生者の街であるローマと対照的であると認識されたことに不思議はありません。

ローマの繁栄を感じられる街道

貴族の建てたお墓は、お城と見間違えるほどの豪華な作りになっており、歴史を越えて未だにそのままの形で訪れることが可能な遺跡として残っています。

その貴族による建造物は、そのままローマの繁栄を表しています。

お墓だけではなく、カラカラ浴場のような公共施設もローマの威信と権力を示し、いくつもある教会も、豪奢さを残したままです。

貴族の残した多くの遺跡は、その建築理由すらも貴族的であり、若くして失われた息子を悼み、葬送競技のための競技場や、私営浴場が残る、貴族が住んでいた跡地を、当時の生活を想像しながら訪れることが可能です。

アッピア街道の観光の見どころ

様々な歴史をご紹介しましたが、今アッピア街道を訪れたら、ぜひ見るべき観光の見どころをご紹介します。

ドミネ・クオ・ヴァディス教会

ローマといえばキリスト教が切っても切り離せない縁があります。

アッピア街道沿いには多くの教会がありますが、ドミネ・クォ・ヴァディス教会こそをおすすめしたいです!

これは、ラテン語で「どこに行くんですか?(Chiesa del Domine Quo Vadis ?)」を意味します。

なぜこのような名称なのかというと、イエスキリストの一番弟子である聖ペテロが、その所以です。

後のベネチア市国の祖となった聖ペテロは、イエスの死後ローマからの迫害に耐え切れずアッピア街道を歩いていた時、まさにイエスその人に出会い、この問いかけをしたと言われています。

そこでイエスに「もう一度十字架にかかりに行く」と言われ、覚悟が決まり、来た道を戻り、ローマで殉教しました。

彼の遺体はバチカン市国の聖ピエトロ大聖堂で眠っていますが、運命を変えたのは、このドミネ・クオ・ヴァディス教会だと言えます。

ローマの歴史は、キリスト教徒の迫害の歴史です。

その重みを感じつつ、聖ペトロも歩いたとされる同じ道を歩けるのは、世界でもこのアッピア街道だけです。

チェチーリア・メテッラの墓

アッピア街道には、多くのお墓があります。

カタコンベでは、初期のキリスト教の埋葬文化を体感することができますが、お勧めしたいのは、チェチーリア・メッテラのお墓です。

彼女は、古代ローマの貴族の娘で、豪華なお墓に葬られました。

それは、古代ローマの現存しているお墓の中で、最大級かつ最も有名な円形霊廟です。

白く美しいその外観は、お墓というよりもお城のようで、まさにローマの繁栄の象徴と言えます。

当時のお墓は、貴族によってこのように作られていたのだと、感慨深いものです。

内部を見学するためには有料のチケットが必要で、カラカラ浴場や、クィンティリ荘とセットのチケットもあります。

朽ちている部分はあれども、2000年を超えてこれだけ残っていることは驚愕に値します。

カラカラ浴場

ローマはお風呂が有名です。

その代表例として、カラカラ浴場が挙げられます。

3世紀頃に皇帝カラカラによって建設された公衆浴場であり、市民のための公共施設です。

非常に広大なもので、お風呂場だけではなく、集会場や図書館、娯楽施設まであり、その規模の広大さには圧倒されるばかりです。

現在でも、壁や床のモザイクが一部そのまま残っています。

アッピア街道沿いにある貴族の私営浴場もいくつかありますが、そこと比較してもそのスケールの広大さは、一見の価値ありです。

アッピア街道を訪れるのであれば、ぜひここも訪れるべき遺跡です。

アッピア街道散策の注意点

アッピア街道は、多くの方が訪れる素晴らしい観光地です。

散策の際の注意点をお伝えいたします。

公共交通機関の場合

主にバスの利用が考えられますが、ローマ中心地や観光地周辺は、混雑が予想されます。

バスは、道路事情に左右されやすい上、観光客が多い時期は乗り降りに時間を多く使うため、計画通り正確でないことも多いと考えられます。

予定に余裕を持って行動し、時間を気にしないで済むようなスケジュールを意識すると良いでしょう。

遅延が心配な場合は、タクシーを選択するなど、臨機応変に!

自転車を使う場合

レンタルサイクルは、アッピア街道散策でとてもおすすめの方法です。

観光区間はサン・セバスティアーノ門から、チェチーリア・メッテラ墓までの区間が代表的で、ここは自転車で、初心者でも2時間あればゆっくり走れます。

注意すべきは、アッピア街道は北を出発し南へ向かうと、緩やかな上り坂が多い点です。

訪れる季節にもよりますが、水分摂取を意識しつつ、こまめに休憩を挟むなど、熱中症などにご注意ください。

気づかなくとも溜まっていく疲労にも、要注意です。

また、車の交通量も多い時間帯もあり、道路の幅が狭い場所もあるため、車との接触事故に気を付けてください。

また、石畳がいかに頑健に作られているとはいえ、コンクリートに比べると凹凸が激しい部分もあるため、自転車の運転にも注意が必要です。

徒歩の場合

自転車と同じく、熱中症の危険性や、道路自体の凹凸に伴う歩く上での注意、さらに車との接触に気を付ける必要があります。

歩くコースとしても、自転車と同じと思っていれば問題ないでしょう。

半日を見れば、十分満喫できるのではないでしょうか。

もし徒歩で散策中に体調を崩したり、疲れてしまった場合、タクシーに乗ろうと思ってもタクシーが入れない区域だったり、なかなか通りかからなかったりします。

タクシーが通れる幹線道路のそばまで行けるよう、考えておくことや、タクシーアプリをダウンロードしておくこと、または、バス停の場所を記憶しておき、万が一の場合はバスを利用することなど、選択肢に入れておくことをおすすめします。

安全安心に散策を楽しめるよう、事前準備を怠りなくやっておくと安心ですね!

古代の歴史と自然が織りなす、唯一無二の街道歩きを

アッピア街道は、その歴史的背景、建築物としての素晴らしさ、そして取り巻く遺跡により、他にはない圧巻の街道となっています。

ローマの長い歴史に思いを馳せつつ、緑豊かな街道を、歩いたり、サイクリングしたりしながら訪れるのは、他では味わうことのできない得難い体験となるでしょう。

遺跡を見て、死者と生者が交わると信じられた場所を見て、古代ローマの建築の素晴らしさを堪能する。

ぜひ、イタリア旅行の際には候補の一つとして、ご検討ください。

「全ての道はローマに通ず」るのです。

nativecamp.net

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maco

◇経歴
国際色豊かな環境で学び、その後ホテル業界、秘書、食品企業など様々な仕事を体験しました。 結婚・出産をきっかけに、英語を教える業界に飛び込み、現在は環境保護などのNPO法人で活動しつつ、親子から高校生、大人まで幅広く英語を教えています。

◇英語に関する資格
英検一級
TOEIC945
IELTS7.5

◇留学経験
ヨーロッパにてアメリカンスクール在学、スコットランドのエジンバラ大学に留学

◇◇海外渡航経験、渡航先での経験内容
ヨーロッパで10年ほど過ごし、諸国を旅行。最近始めてアメリカにNBA見に行きました!

◇◇自己紹介
高校まで10年間ほどヨーロッパで過ごした帰国子女です!大学ではエジンバラ大学へ留学。現在は子育ての傍ら英語講師となり日々英語の奥深さを痛感しています!